店主が〝もやし〟になるまで(その4)


好きなものであったり、夢中になれるものがあったり、その場所が生き甲斐と感じていたりすると、様々な奇跡が起こるものです。

脳が瀕死状態であった父親は、1996年の一年間で見事、完全職場復帰を果たします。父は実のところ“仕事大好き人間“。電気工事をしている自分がとても好きであり、生き甲斐に感じていたようです。

私は仕事大好きな父を、時にうざったく感じておりましたが、それでも常にお客様第一に考えるサービス精神の塊のような父の背中を、陰ながら大きく感じ尊敬しておりました。
このころの私は両親と心の距離を置いているどころか、人と接触するのが大の苦手で、お客様と殆ど会話もできないツンと尖った性格をしておりました。まぁ、私に限らず、そういうお年頃だったとも言えるかもしれませんが(笑)

しかしもって、父がいない間に母とふたりで慣れない業務をこなすのは非常にハードで、次第に頭も体も疲れすぎて眠れない日々が増え続けておりました。こなせる作業が限られているため、売上は1/3、1/2と減り、とにかく早く父に戻ってきてほしいという頼みの想いと、元気だった父の姿が少しずつ恋しくもなり、見舞いに行く度に、半分寝た状態の父に、自分でもじゅうぶん解決できる作業段取りや配線などの質問をわざと繰り返し、脳の線が繋がっているかを確かめるがごとく勘を戻してもらう努力を重ねました。頭にチューブつながってる人に対してかなり強引なリハビリでしたが、電気工事に携わっている以上、やはり父親の指示を受けたいという気持ちが煮詰まり返っていたのです。
まぁ、父も大好きな仕事のことですから、指示をしているという快感に酔いしれたのでしょう。とにかく必死で返答しようとがんばってました(笑) 




そうして父が復活。
復帰後は出向く現場現場で、息子の頑張りを誉めてもらっていたようで、また父不在の間、よくお店を潰さずにいれたなぁということに対しても感動したのか、はじめて父の口から私に「ありがとう」という言葉が発せられました。
そして……「仕事の手伝いは優先してほしいねんけど、あんたがやっとる音楽は音楽で、生活に支障がない程度に“絶対やめるな“」とも。




翌1998年4月、私はなんとなく作ったオリジナルアルバムを、これまたなんとなくな感じで、とあるオーディションの企画部に送ります。その肩の力が抜けた型にとらわれない作品は、見事初めての最終審査通過まで走り抜けたのです。
そうして東京のとある芸能プロダクションに所属が決定しました。

「カネ」「コネ」がない私は、その後、東京に通い、演技のワークショップやボイストレーニングを続け、やがて初めての仕事をいただきます。これから制作されるアニメ映画の主題歌作りです。

しかしもって、作曲家を目指す人間が、何故に演技のレッスンを?(笑)
「役者なんてやりたくないし、僕はそんなセンス持ってませんし、向いてないと思います。興味もありません。」
「んーー、なるほどねー。でもさぁ、君が何に向いてるのか、その進路を発掘していくのはプロダクションの方だからね、レッスンは受けてね。」


演技のレッスンは東京コトバ。私はバリバリ関西人なので、そんなアクセントで絶対喋りたくなかった。頑張りましたが、やはり気持ち悪く、関西人らしく喋りたいと訴えたら……

「………(笑) あのさぁ、君、テレビドラマとか見てるだろ? 関西弁なんてその世界では許されないんだよ。いまでこそさ、少しずつ関西の吉本が東京に進出してきたから、まだある程度は周知されるようになってきたけど、基本的にNG NG !!」

「………んー? 許されるとか意味分からんわ!」と反発して、その日のレッスンを降ろされる(笑)

とにかく短気なんです(^-^;

※あくまでも20年前の流れです。


そういうやり取りもあり、役者枠に異常なほど嫌悪感を抱きます。



そんな矢先にボイトレ先生からいただいた主題歌制作。

また、作曲漬けの毎日が始まります。


『しばいたろか』という漫画が映画になるというお話。私は全然知らない漫画だったので、単行本を探し回り(ちなみに今ならネットで簡単に見つけることができますね(笑))、最終なんとか古本屋で全巻揃え読みあさります。

そしてやがて、これまで作ったことないような威勢の良い『一生のライセンス』という楽曲が完成。
「おー、アニメの情景が浮かんでくる出来映えだね!!」と、先生から絶賛を受けます…が……………

結局アニメの制作が途中で見合わせとなり、陽の目を見ることはできぬまま、ただ単に私の自己満足の作品としてお蔵入りします。
※ちなみにその後、映画がどうなったのかは知りません。




浮かんでは消えていく、あやふやな仕事依頼。あやふやな毎日。
少しテレビに出演経験のあるレッスン生は、マネージャーを従え、まぁこれまた大層な高級車に乗り、私らのような雑魚は『ナナメ上』から見下ろされる始末。ただでさえあやふやな毎日の中、こういったシーンに遭遇してしまうと、私の中のこの業界に対する何かがスーーーーっと冷めていくのです。

売れなければ、ただのゴミクズ。


地元神戸にいるときも、私が一応プロダクションに所属しているだけで、意味もなくチヤホヤされます。
なんだか居心地が悪い。
今までチヤホヤされたことのない、いや、される要素を持ち合わせていない人生を歩んできてますから、自分もやがて『ナナメ上から』くんになってしまうのか?? と思うと……… 何かが違う。


嫌悪感がまとわりつき、レッスン生のエコヒイキもあったり、私は次第にあやふやなレッスンをあやふやな理由でさぼるようになり、東京へ通うための新幹線を見ただけでも吐き気をもよおす状況にまで陥り、

「申し訳ありませんが、もう東京に通うお金も底をつきましたので、辞めさせていただきます」と、丁寧にプロダクションへ申し入れました。

※ちなみにこのあと私は完全崩壊し、高校時代の同級生と、人に好かれない超下ネタロックバンドを一時的に結成。音楽をなめきってやりました(笑)




さぁ、また地味で、友達とも休みが合わない仕事三昧の日々が再開します。「それにしても何か他の手段ないんやろか?」と、まだぎこちなく諦めをつけられない自分にイラ立ちながらも、翌1998年には『ゆめうつつ』という思いつめ系のアルバムを制作。
※このころからMD発表にレベルアッブ(笑)


アルバムラストの2曲は、特に思いつめ系で、夢叶わずこの世から消えていく(消えた)自分の姿を映し出した、これまた遺書のような作品となっております。

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⚫うたたねて♪
『純真さ忘れるなよ 風邪をひいたら無理するな 僕は… きっと大丈夫  泣いてたきゃ うたたねて』
※楽しんで生きてね。僕はもう死んでるから、きっと何もかもが大丈夫…という内容
(2015年インドもやしのアルバム"高丸出口"で、17年の時を経てリミックス発表してます)

⚫ムカシナツカシノ♪
『その昔なつかしの歌声をくださいな 明日と引き替えに 眠り薬のように 子守唄のように』
※明日一日だけでも夢の舞台に立っていたい。今日中に歌を作るから、明日一日それと引き替えにあなたに会いたい…という内容

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そんなふうに、どこかに落ちていく頃、また転機が訪れます。


ある日、母が取った電話。
「あんたに音楽の電話かかってきてるで」と、私に受話器を渡します。

……????? 音楽? 何もモーション起こしてないねんけどなぁ…

「もしもし? はい。 えっっ? はーー、いえ……えーっっ?」


電話のお相手は地元FM局"エフエムわぃわぃ"のチーフプロデューサー。
「とりあえず一回うちの局に来てもらえる?」という内容でした。


後日、私はワケが分からないまま局を訪ねます。


「自分、なかなかええもん持っとるなぁー。MD 聞かせてもろたよ。良かったら俺の番組で流したろか?」

何がいったいどうなってるのか?
"ゆめうつつ"のアルバムは、自己満足用に、自分の分と、一応両親、数名の友達に渡しただけ。なのに何故FM局が??


…実は、母親が新聞記事でエフエムわぃわぃを知り、「息子が音楽やってるんです」と連絡をとり、私に内緒でMD を送っていたのでした。

絶句です。

いつもブレーキになっていた両親が、陰ながら音楽をやる息子も応援してくれてたとは…………



「ひとつ課題与えてええかな? このアルバムで平山くんのセンスは分かった。でも俺が友達として番組で流したいアマチュアミュージシャンの曲は、もっとおもろい曲やねん。君なら俺好みの曲を作れるはずや。来月の放送で流そうと思ってるから、それまでに俺が気に入る曲を作ってきてくれる?」


また来た! 依頼の仕事や! でも今度は身近でしかも目的がはっきりしてる! 絶対叶えたい!

まだまだ地元の微弱電波のラジオ局。憧れの人がその曲をこの電波で耳にすることは決してないだろうけど、何かの足掛かりになるかもしれない!


その後、私は、父親の仕事がない日にエフエムわぃわぃに通い、クラシック番組の制作に携わるなど、違った角度から音楽に触れ、外向きの音楽人の道を歩むことを学び、おもろい課題曲作りに向けて、ひたすら自分を磨いていきます。
直接憧れの場所へ立ち向かうのではなく、少し遠回りで歯がゆいけれど、じっくり何かを身につけながら聖地へ歩んでいく。
常に焦っていた私がこういう柔軟なスタイルに切り替わったのは、陰ながら音楽人としての息子を見捨てずにいてくれた両親の計らいがあったからこそだと思っています。

束の間、憧れの人へつながるプラグを抜いた私は、心なしか気持ちが軽くなっていました。



そうして約束の日。

私の生んだ曲は初めて公共の電波に乗ります。

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ケッコー悲しい味です

もったいないくらいの空の下 色とりどりのフェスティバル
ふたり手をつないでた
デッカイなぁ 今の打ち上げ花火 100年分のフェスティバル
…いつもそんな夢ばかり 目覚めるまでの命 はりつめた糸がユルユル

ケッコー会いたい様子です 午前中
食前食後もケッコー悲しい味です オレンジ
天涯孤独じゃ 絶対寂しい空気です ボクんち
ふたりの歩みを発展させたいわけです 分かって!
ひねくれものから一生のお願いさ

10回も20回もキスをして 想像以上のフェスティバル
目だって見つめなれたし
簡単な相づちひとつで 100年分のフェスティバル
あくまでも一人芝居 夜毎日毎
ボクのお好みのタイプはケッコー反対されます 揃って
人は人だからケッコーやりたい放題 当たって砕けた大人に
絶対なりたい様子です 祈って
最愛の人と発展させたいわけです 分かって!
ひねくれものから一生のお願いさ

願ってもないチャンスにツキを逃す……
やめて せつないせつないせつない話

願ってもないチャンスにツキをつかむ
そして彼になって婿になってパパになってゆくよ Oh 

 …いつもそんな夢ばかり 目覚めるまでの命 はりつめた糸がユルユル

ケッコー会いたい様子です 午前中
食前食後もケッコー悲しい味です オレンジ
天涯孤独じゃ 絶対寂しい空気です ボクんち
ふたりの歩みを発展させたいわけです 分かって!
ひねくれものから一生のお願いさ 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 

否定的な歌詞とパロディ調のメロディのアンバランスさが、のちにソニーのオーディションにも引っ掛かりました(^^)

あぁ、blogに音が入れれない…( ̄0 ̄;



つづく

ローカルミュージシャン 
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