店主が〝もやし〟になるまで(その9)

 

 

妻の里帰りも終わり、親子3人で暮らせるようになった自宅マンションの一室。

私の症状は決して改善したわけではありませんでしたが、自分を騙しながら生活できるレベルにはなっていました。もちろん、薬の効いている間だけで、心が揺れだすと「早く次に薬飲める時間が来てくれ!!」と願いながら。

 

ふたり共に慣れない育児。

生後2か月、3ヶ月… 天使のスマイルができるようになり、首もしっかり据わり、必死で発声までする娘。入浴は私の役割、授乳後ゲップさせるのも私のほうが上手になったり、オムツ交換のタイミングもエエ感じで覚えたり、いつまでも泣きやまずノイローゼになりそうな日もあったり、ズリバイが始まったら嬉しくて着ぐるみを着せてみたり…。

 

まだまだ外出するには相当な勇気が必要。

でも、娘をベビーカーに乗せ、近所の公園にお散歩… このときは決して「無理… 苦しい…」は口に出さないようがんばりました。

 

昨日までできなかったことが、翌朝になると簡単にできるようになっている娘。日々成長していく娘の姿にとても力強い生命力を感じます。

 

 

育休中の妻。そして朝から晩までずーーーっと娘と触れ合えるそんな毎日。まったく興味のなかった調理も挑戦し、疲れた妻に、真っ黒焦げの食事をふるまったこともありました。

 

「なんだかんだ言って、私より、性格的にあなたの方が〝主婦(夫)〟向いてるかもね(笑)」

 

夫が家事を担い、妻が外に働きに出る。〝専業主夫〟という単語も、ちょうどタイムリーに世の中に浸透し始めていたころ。

しかし、私自身は非常に古い考えをする人間でありまして、男は厨房に入らない、外に働きに出て当然、…これが当たり前と思っておりましたので、中途半端に家事をし赤ちゃんのケアもする私自身を恥ずかしく思っておりました。

 

それを考え始めると心に焦りが出て、自分を死んでしまうくらい叩きのめしたくなります。娘の成長は嬉しいことである反面、すべてがもどかしい自分に苛立ちさえおぼえます。いつまでも働きに出ない夫を、実際のところ妻はどう思っているのだろうか?

 

痩せこけた容姿ではあるものの、そこそこの生活ができている私を見て、両親には「しっかりしぃや!!」と言われたり、周囲には陰で「病気をダシにして何もかも甘えてるだけや、あの男は」とパッシングされたり、励ましの気持ちも含めてのことだとは思いますが、この不安定な精神状態の自分にはあまりにも鋭利すぎる言葉です。

 

娘の成長をずっと見ていれる幸せな立場に置かれながらも「僕はこんなんでええんやろか……」と、深く深く考えこんでしまうのです。

 

そうやってまたどんどん奈落の底に堕ちていく私を見て、まだ何も分からない娘はニコニコしながら「パッパ~!」と、覚えたての言葉を健気にも発し続けます。

 

こんなダメ男なのに… 何も分かっていないこの子にとっては、唯一のパパなんだね……。

 

自分を粗雑に扱わない妻が、がんばって産んでくれたこの娘。

 

どんどん成長していく娘。

 

どんどんぬるま湯につかっていく父親。

 

このままではダメだ!! 娘が自分にとって一番効力のある薬なんだ!!!

 

 

 

朝から晩まで、浮気することなくずーーーーーっと娘と過ごしている自分。

経験したことのない育児と、真正面から向き合っている自分。

母親が感じるストレスというものを、同じタイミングで感じている自分。

 

 

…? ちょっと待って!? 普通、バリバリ外で働く父親が、こんな経験できるだろうか?

 

〝恥ずかしい…〟と思ってやっているこの育児… それは大変失礼なことではないだろうか?

 

自分は病気をしてしまった… その代わりに、こんなにも長い時間、こんなにも深く赤ちゃんに触れていられる。

 

これは… とてもラッキーなことじゃないだろうか??

 

 

 

妻が買い物に出かけている間、私は娘の寝かしつけをしながら、自問自答を繰り返していました。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ただいまーー」

 

妻の声にハッと我に返ります。娘といっしょに眠ってしまっていたようです。

 

……夢を見ていました。

 

…よくあるドラマのハッピーエンドのように、休日に我が子を肩車し、野原を楽しそうに歩く自分の姿。薬なんて飲んでいませんでした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

我が子と触れ合っている間、楽しいながらも、大変すぎて「しんどい」とダれている隙間がありません。一生懸命になってるんですね。夢中になってるんです。

…夢中になることを忘れていた。

…夢中になるものがあれば、きっと薬なんてやめてしまえるはず。

 

そして『赤ちゃん』という存在が、こんなに大人に多大な影響を与えるということ。

 

我が子に支えてもらってる自分自身の姿を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。

大人は子どもに育ててもらってるんだということを。

 

 

 

 

私は決断しました。

生きててつらいのは当たりまえ。病気じゃなくてもみんな同じ。

 

だから薬なんていらない。元気なときにしこたまがんばれば良い。しんどかったら思いっきり休んで、またどこかで借りを返せば良い。

 

こういう気持ちに変えてくれた娘。

 

 

そして… 私は、今までまったく考えたことのなかった『赤ちゃんに関係する仕事に再就職』を目標に、社会復帰への道を歩み始めます。

 

事故を起こした工場にはもう戻れません。給料は良いのですが、PTSDという事情が重なる以上、同職場への復帰は不能と判断せざるを得ない状況であると、医師も断言します。

 

こうなりゃ、とにかく自分を改造してしまわないと!! 自分が作ったぬるま湯で家族に甘えてもらう。そんな環境に変えなくちゃ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

どうしようもないとき、もうどうなってしまってもいい…と、故意に5日分の精神安定剤をビールで流し込んだときもありました。そんな言わなくても良いことをわざわざ聞かせたくなるのです。心配かけようとしてしまうのです。これが「かまってちゃん」になってしまうウツの典型的な症状。

妻を泣かせました。ママが泣けば娘も泣きます。

カッターで手首を切りかけたこともありました。でもそんなときに携帯電話が鳴り、手が止まってしまうのです。こんな行為に走ってしまっても、生きることに対する未練はタラタラ。これがウツの悪いところ。

 

私がやらなきゃいけないことは家族を幸せにすること。

死ぬ勇気があるなら、生きていくことなんて簡単なことだ。

疲れたら休憩すれば良いのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「平山さん、だいぶん顔色良くなってきたね(^^) ちょっと… 薬を減らしていこうか? 様子を見て、またダメそうなら声かけてね。」

 

前向きな提案を医師に出されたその帰り道、私はコンビニに立ち寄り、駄菓子コーナーでラムネを買いました。

とても薬の形に似たラムネです。

 

そう… 私は、決められた時間に薬は服用するものの、ダメ…って思いかけたら、ラムネを飲みます。

薬と同じ形をして、もちろん薬より美味しい。

 

そうするとね ………。

 

薬を飲んだ時と同じ満足感が得られ、とても心が落ち着くんです…。

 

 

 

ある日、私は、薬をすべて捨ててしまいました。そしてその袋の中にラムネを詰め込みました。

決まった時間に飲んでいる薬はやがて… すべてラムネになったわけです。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「先生… 僕、再就職を考えてます。」

 

「お薬はどんな感じ?」

 

「…ラムネ ラムネ菓子を飲んでます。」

 

「…??? (.;)  あ、あははははっは!!  そーか、そーか、平山さん…… とても良い笑顔だね。1年半、よくがんばったね! 本当に本当によくがんばった! 初めて会ったときのことが考えられないくらい、こんな早いタイミングでここまで回復するとは、その精神力の強さに私もびっくりしました(^^) 家族さんの支えに感謝ね! そして平山さん、ご自分のがんばりを誉めてあげてください。お疲れさん!!」

 

 

先生は手をサッと差しだし、私の手を力強く握ってくださいました。

 

不覚にも私は、先生の前でしゃくりあげるほど泣き続けました。

 

あのドロドロの涙ではなく、サラサラの涙が、いつまでもいつまでも止まりませんでした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

2007年、夏。

 

娘が1才になり、私たち一家は生活環境を変えるべく、私自身30年余り住み続けてきた兵庫区を離れ、垂水は舞子という海と緑に恵まれた街に引っ越しました。

 

妻との新婚生活から5年間暮らしたマンションの一室。

楽しいながらもつらく重く苦しい経験のほうが多かったように思います。でもそれは私たちが夫婦として、人間として未熟だったからそう感じただけかもしれません。それを乗り越えて、私たちはまだ夫婦であり、家族も増えた。きっと何かが変わる。少しは強くなってるはず。

 

これまでまったく縁も所縁もなかった新天地〝舞子〟。

 

引っ越しに伴い、私は同じこの地で、娘とこそっと誓い合ったとおり、ベビー業界に再就職することが決定しました。

娘がいなければ選ぶはずのない道。そして、病気がなければ、まったく選択肢に入らない職種。

 

 

私のカバンにはまだラムネが入ってますが、まだ封は開いていません。

 

自らの子育て経験を活かしたいと思い選んだ道。

 

久々の仕事社会の空気は、とても新鮮でした。

 

 

 

 

つづく


ラムネを持って新天地へ


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